ネタバレですが、頭文字Dのアニメを、
第1部〜第6部、新劇場版3部作まで、
最後まで見終えたので、第5部~第6部ファイナルの感想など。
どうかスルーください。
モエは出しておかないと。でもこれで最後です。
子供の「お母さん、慣性ドリフトが見たい」から始まった一か月の旅、
こんなにハマるとは思わず。とても面白かった。
YouTube動画で、時々ネタとしてカットインで入るらしくて、
それで見たかったらしい。面白かった、とのこと。
私自身は兄弟+主人公モエを起こしたり、数字モエを起こしたりして、
本当に楽しかったな。一気に見られてよかった。
しかし3部の劇場版だけは劇場で見たかった・・・
お兄ちゃんの声の破壊力を聞きに行きたかったな!(そこ?)
確かこのサイトを始めたころ北浦が好きだと言っていたような記憶があるんだけれど。
今度聞いてみる。今更?って笑いそう。
****
さて、完走した感想・・・。
5部~ファイナルは、4部まで定期的にあった拓海とお兄ちゃんの女性向け表現を全カットして、絵もお兄ちゃんだけ大幅に絵を変えて、男性向け用の恋愛表現と男たちの人間模様、バトル表現に絞った感じがしました。啓介の成長と涼介の解放を描くための5部だったから、主人公は少し脇役感。なぜここまで舵を切ったのかな、とは思いますかね・・・。私は、勿体なかったなって思てしまったのだけれど。男性陣は納得したのかな。それでも、4部までは、モエ物を書いてださなければならないほど燃料投下され、兄弟も主人公も大好きだったし最高に関係性に癒されていたの・笑。しかし第五部、他の女性の皆さんはどう思ったのだろう。
潔い位、淡々としたバトルと最後だった。BGMが良く、臨場感があって面白く、0理論などまた数字が出てきたりして、楽しみました。
全シリーズのゲームの中で好きなのは、拓海と涼介の試合、東堂塾第二戦の舘智幸戦(プロドライバーとの方)と、第五部のお兄ちゃんと凛戦をサポートしてくれる0理論池田氏。熱いのに冷静な人たちの試合での心の声が、最も好みでした。静かで渋好み。
東堂塾第二戦で最後流れる「forever young」は最高だった。思わずモエ作でタイトルを拾ってしまうほど曲も歌詞も好みの展開です。ユーロビートなのに歌詞にきゅんとする曲。全体的に音や曲が良かったと思う。さすがエイベックスが作った作品。
でも最初から5部のような絵とバトルに専念した構成だったら、私はお兄ちゃんモエは起こさず、話を書くこともしなかったと思います。面白く最後まで見て終わったと思う。2部と絵が変わった5部6部はキャラクターデザインが同じ人だから、これだけ絵を変えるには何か理由があったんだろうな、と思います。
どちらがいい悪いではなくて、面白いというのと、モエる要素でどこを拾うかは別という意味。モエは燃料投下があった4部までがピークで、話は最後まで全部面白かったよ。話に集中させるためかな?これだけしっかり設計されていた作品なのに急にだから、何かあったのかな。私にとって5~6部は投下燃料不足です。お兄ちゃんと主人公の会話自体がほとんどないもんね。完全に女性向けの道を断ったのは、涼介の過去話もあったからかな、とは思いますけど。
こんなに1部からファイナルまで、全員の男女の恋愛に関して、頭に入ってこない男女の恋愛アニメというのも、初めてでした。女性がどこか非有機的な感じで感情がわかない。へえそうなんだ、という。クリスマスの夜中に人の家に押しかけて勝手に待っててパーティしちゃうなんて本当にいやだ。。。しかし男性から見た女性というのは、そうしてくれたら実は嬉しくて、そして、あんな風な様子に見えているのだろうか。。。(まこちゃんさゆきちゃんを除く。二人はそこにいそうでよかった。)
かおりさんを評して涼介が自由奔放で芯が強くて、でもどこか弱くて、今まで会ったことがない人、とか、凛がかおりさんを評する部分、柔らかな髪、吸い込まれそうなまなざし、透き通るように白い肌、細い体、しなやかなライン、なんとか~みたいなの、あれ、そのまま拓海だなと思いながら聞いておりました。すみません。だって可愛いのだもの。拓海さん、目が大きくて目は吸い込まれそうで細くて白い肌で、でも体も芯も強くて、高校生の時のダッフルコート拓海の破壊力は半端なくめちゃくちゃかわゆかった。
啓介&主人公派の燃料投下はあったよね!拓海にかっこよすぎると言われて、生まれつきって言い切る啓介がめちゃくちゃカッコいい。
ひとつ気になったのは、プロジェクトDの打ち上げぽい場面になぜか主人公がいないこと。(アニメの終わりは私たちとのお別れでもあり、チームとしてのあの寂しげな夕日の背中の描写に主人公がいないのが一番寂しかったかな。とてもハマって見てしまったがゆえに。)。主人公は長年の友人たちでもあるDチームのあの集団の場で気後れしてたし、走りに徹していただけでいつも一人で、横に人がいなくて、試合中も一人で見ていることも多かったし、いつもさみしいなって思ってた。いつもひとりぼっちだったんじゃないかとか、思ってしまったり、なじめなかったのかなとか。それとも、拓海という人物は、プライベートは一緒にならない人なのか・・・。とにかく、あの最後のきれいな場面にいないことが、すごく寂しかった。終わり方ってすべてを表すし、すごく大事だなと思った。
第五部に入るまで、多くの飲食の場面があった中で、唯一飲食の描写がなかった涼介が、少しだけ飲み物や食べ物の描写があって、解放されたのだとは思いました。食べている姿を描かないのは、カリスマ感表現もありますよね。
凛との後の、お兄ちゃんの人間らしく柔らかく解放された様子は、もし4部までの絵だったら、もう本当にヤバかったと思いますよね・笑。5部の絵でも「わ!」と思うのだもの。落とし穴が掘られているなあという第一部を見終えた段階の感想は、どこか危ないとわかってて穴を上からのぞいていた感じだったのだけれど、2部であやしくなり、4部で落ちてみるかと思って、3部を後から見て完全にすっころんで落ちて、文章など書いてみて、でも5部でちょっと我に返るみたいな感じです。もし4部までの絵で最後までだったら、沼に完全に落ちてしまったのではないかと思います。お兄ちゃんの顔が別人かのように目力がなく、のっぺりとして全く変わってしまって、思い入れがしづらくて、穴から底なし沼に沈む前に現実に戻ってこられたというか。セーフ。漫画はどんな絵でもいいの。それよりも目力が命だと思う。
新劇場版三部作。目力が全員戻り絵がきれいでよかったのですが、時間が圧縮されている関係で1.2倍速、主人公は天然ボケの抜け感があまりなく、テレビ版では自分のこともわからず、ただ、流れていくがまま受け身に生きていたのが、新劇場版では自分のことが深掘りできていたり、自信があったり、カメラワークも含め某アニメのように相手を駆逐しちゃいそうな気合の入った声の仕上がりで、時々、主人公だけはそうじゃないって言いたくなりましたかね。1.2倍速だから空気感みたいな尺がないので仕方ないけれど。拓海はピュアで水のような無色透明な感じがよかったとこなので。水や空気のような透明な抜け感が全体を通して少ない、という以外は、話はまとまりよくスッキリしていました。
いずれにしても、アニメ版1~6部、劇場版3部作、全コース完走しました!
あっという間だった~。
面白かった!!
全部よかったら見てね。
モエは、もう一つくらいは書けそうかな。
それは気が向いたら!
もっともっと色々思うことがあって、こうだったらいいのに、と、
アレンジしたくなるお話だった。
先に書いたモエ2話、適当捏造妄想だった割に、
モエ以外の部分を除きあまり外すことなく、最後まで見る前に
時々涼介が言ったことを見たみたいにそのまま書いていたり、
大体間違わずに書けていた模様・・・ふふ。
これでイニシャルDのお話はもうおしまい。
また原点に戻る。やってみて思ったの。
やっぱり、ここの二人が大好き。原点回帰。
今毎日書いているからちょっと待っててね。
未来を想像したときにつらいのがつらくて書けないことってあるんだな。
イニシャルDの続きが無かったらきっとモエられていたんだと思うけれど、
今連載されているのでその先が見えてしまって、ちょっと(私が)しんどい。
涼介と拓海が、拓海のお父さんと、ガソリンスタンドの店長みたいな
時々会う穏やかにつながりあう関係性であったらいいな、とは思う。
おそらく東堂塾塾長と舘智幸みたいな関係性ではあるのだと思う。
不思議です、こんなに思い入れるの、自分でも笑っちゃう。
啓介はもう自由に世界をぶっちぎってそう・・・。
みんながそれぞれ幸せであったらいいなと思ってしまう。
さて。舌の根も乾かぬうちに。笑
次はバスタード!!を見る。
coldrainが主題歌担当なの。うれしいな!なので、見る!!
これはさすがに流して見て終わると思う、けど・・・
好きで24巻くらいまではリアルタイムで追っていたんだけれど。
懐かしい!こちらは男性陣も女性陣もみんなセクシーで魅力的だよね。
男女のすてきな筋肉と肉体美を愛でるために読んでた。
pv見てて旦那と意見が割れたのは、これを「昔めちゃくちゃエ〇かったやつ」と言ったので、
え?全然?それよりビデ〇ガールの方がと言ったら、そうじゃないと意見が割れた。
やっぱり男女のエロさ基準はちょっと違うのかもしれない・・・
この話は突き抜けていたので、性癖を表現したいんだなとしか思ってなかった。
時間がたって今改めて見たら、どう思うのかな。
文学と同じで10年後に見ると経験量から全然違う感想になる、かな。
たのしみ。